シン・エヴァンゲリオンが2021年8月13日、アマゾンプライムで放送開始になりましたが、たまたま同日の金曜ロードショーが「もののけ姫」だったので記事を準備するために資料を漁っていると、ジブリのプロデューサーである鈴木敏夫さんのラジオを書籍化した「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ1」で、庵野秀明監督と鈴木敏夫さんで、当時ジブリ配給で公開した1941年のアニメーション「バッタ君町に行く」(ポパイの作者、フライシャー最後の作品)について、アニメーション技法を軸に対談している章があり、ついつい読んでしまいました。
庵野監督といえばジブリに所属していた時期があり、風の谷のナウシカの巨神兵を手掛けたことでも有名ですが、一方でナウシカ以降で変化した宮崎駿監督の作風については懐疑的なコメントを寄せることでも有名です。(ジブリ以前の宮崎駿監督が監督やアニメーターとして手掛けた「空飛ぶゆうれい船」「太陽の王子 ホルスの大冒険」「未来少年コナン」「カリオストロの城」などが好きらしいです)
そんな庵野監督ですが、「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ1」では「もののけ姫」に対してもややネガティブなコメントをしていますが、ここだけを切り取るよりも、この対談全体で庵野監督が語る「宮崎駿」論が面白いので紹介します。(結局切り取りではあるのですが)
宮崎駿は師匠
「風の谷のナウシカ」で当時24歳、経験も浅かった庵野さんに巨神兵の作画を丸投げしたエピソードを話す中、巨神兵に対しての庵野さんと宮崎駿監督の意見の違いについて語った場面。”記号”の話は、書き込みをしたかった庵野さんに対して、鈴木敏夫さんが「巨神兵は記号だったから書き込みはいらなかったんじゃない?」と話したことに対して。
庵野 いや、記号だからこそですよね。でも、いろいろと教えてもらったのは、板野一郎*と宮崎駿、この二人ですよね。アニメの技術だけじゃなくて、作り方みたいなものも、横で見てて。だから、ぼくの師匠はこの二人ですね。実際、いろいろ教えてくれましたからね。手取り足取り。
*アニメーター、演出家。1959- 「超空要塞マクロス」などで見せたスピード感のあるメカ戦闘シーンは、通称、「板野サーカス」と呼ばれ、後進作家に大きな影響を与えた。
(「仕事道楽 新版 スタジオジブリの現場」p68より)
宮崎駿監督のことを淡々と「師匠」と話す庵野監督の一言にぐっときます。
宮崎駿の「人間という種がいなくなっても全然いい」発言で尊敬
続いて、庵野監督が宮崎駿監督のことを好きになった瞬間と話すエピソードを紹介します。「風の谷のナウシカ」や「もののけ姫」などをつくる宮崎駿監督らしいエピソードです。話の流れは、宮崎駿監督は親しくなればなるほど、”普通のおやじ”になるという話。アニメ制作の現場だと宮崎駿監督は”いい人のフリをする”というくだりで盛り上がる二人。
庵野 「ナウシカ」の打ち上げのときに、言ってたんですよ、宮さんが。「もう、人間滅びてもいいじゃん」って。打ち上げの最後のほうで、そうとう宮さんも飲んでた時に。スタッフのアニメーターの若い女の子が一人、食ってかかってて、「人間が滅びてしまう、そんなのを作ってしまっていいんですか!?」って言ったら、「人間なんてねえ、滅びたっていいんだよ!」
鈴木 (笑)
庵野 「とにかく、この惑星に生き物が残っていれば、人間という種がいなくなっても全然いいんだ!」って怒鳴ってるのを、ぼくは横で聞いてて、「この人、すごい」って、その時思った。クリエイターとして宮さんが好きになった瞬間ですね。人そのものに執着してないというのが根っこにあって、あれ、すごくいいですよね。
鈴木 「もしかしたら、私たちそのものが汚れかもしれない」……いやあ、そのセリフを読んだ時にね、「ああ、この人は人間よりもあっち(自然)のほうが好きなんだ」って。
(「仕事道楽 新版 スタジオジブリの現場」p71-72より)
その後、「ナウシカ」(漫画版)の7巻はこのエピソードのエッセンスが詰まってる、と言いながら、庵野監督は「最高傑作」と話します。
私は漫画版のナウシカは読んだことがありませんでしたが、映画を製作するにあたり原作が必要だったため徳間書店で書籍化することになったナウシカは、宮崎駿さんのこだわりで「映画のために漫画を書くんじゃ、漫画に対してあんまりだ」ということで、本気の作品になっているそうな。これを機に読んでみたいと思います。
庵野監督作品になるかもしれなかった、幻の「ナウシカ2」
流れは変わらず、「ナウシカ」の話に。
鈴木 「ナウシカ」の「2」をやらせろって言ったのは、あれはいつ?
庵野 あれは……「天空の城ラピュタ」の頃だと思いますけど。吉祥寺で言った覚えがあります。最初にね。
鈴木 あれはだけど、おれ、真剣に、「庵野がやるならいいんじゃないですか?」って説得したんですよ、宮さんを。3部作にしたらどうだって。そうするとね、たぶん2本目は宮さんが(漫画で)描いているように、ある種、殺戮の映画だと。「さあ、このあとどうなるだろう?」っていう、そういう映画をつくればいいわけだから。庵野がやったら絶対面白くなると。で、その締めくくりをね、宮さんが第3部でやればいいじゃないかっていう……いい説得でしょ?(笑)
庵野 ははは……(笑)。
鈴木 そしたら怒っちゃって。「やめてください!」って(笑)。
庵野 僕がやりたいのは7巻ですけどね。
(「仕事道楽 新版 スタジオジブリの現場」p73より)
ナウシカ以降のジブリを考えると「2」こそないものの、宮崎駿監督が企画を務めて、他の監督がつく作品はたくさんあります。
庵野監督作品でジブリが作られる世界も見たかったなあと思うわけですが、やはり「幻」止まりだったんだろうなと思います。
「もののけ姫はレイアウトがだめ」
そして、本の内容的には前後しますが、宮崎駿監督のことを師匠と話し、ナウシカを評価する庵野監督が見た「もののけ姫」についてのコメントを引用します。
鈴木 (庵野さんは)ひどいことを言うんだよね、いろいろ。「もののけ姫」の時もね、「どうだった?」って聞いたら、「レイアウトがダメになった」って(笑)。
庵野 ダメでしたね。よく宮さんこのレイアウトで通したな、というくらいダメでした。
鈴木 かなり自分で書いてるんだけどね。
庵野 いやー、ダメでしたね。レイアウトは、かなり。あれだけレイアウトが世界一の人だったのに。
鈴木 レイアウトマンだもんね。
庵野 ええ。あの空間の取り方の無さというのは、ちょっと……。歳取ったのかなと。
鈴木 空間がなくなっちゃったんだよね。
庵野 ええ。すごい、平面的になって。
鈴木 フラットになっちゃった。だから、すごいのはお話のほうで。絵のほうはどっちかというと、けっこうサラっとしてる。
庵野 サラッとしてました。まあ、あれが、「崖の上のポニョ」でまた粘りが出てて、良かったです。
(「仕事道楽 新版 スタジオジブリの現場」p63-64より)
この対話を見たときに、私はすごく意外というか…あの名作でも「アニメーター」の目で見ると「レイアウトがだめ」ということになるのかと。
もののけ姫は最高だろう! と思っていましたが、そう言われてから見ると、まあたしかに他の作品にある伸びやかさがないような気もしてきます。(素人なのであくまで気がするだけかも)
あと、もののけ姫の重要なモチーフとして「原生林」があります。原生林というのは農業のために育てた「雑木林」ではなく、元来の地球に根ざす照葉樹林が生い茂る、自然優位の林のこと。人間が手を入れなくなってから20-30年したら自然に森が育ち、人間の住む世界を覆ってしまうほどの力を持つ自然のこと。ナウシカの世界を思い出してみるとイメージに近いと思います。
その原生林をはじめ、自然が多く描かれるのですが、その自然を描くために作画スタッフたちは全国を取材行脚しています。例えば屋久島、白神山地など。宮崎駿監督の手法といえば、鈴木さんは「それらしく描く人」と称しています。一方、宮崎駿監督の師匠でもあり、映画監督の高畑勲監督は「忠実に描く人」と対比されることが多い。
この話から、もしかして宮崎駿監督は「高畑勲監督的な表現」に挑戦したのではないか。自然を忠実に描いたからこそ、レイアウトを引き立たせることができなかったのではないかと考えました。鈴木さんはこの作品に対して、宮崎駿監督の集大成なんかじゃなく、得意技も封印した挑戦だ、と語っていることにも納得できます。
実際、もののけ姫の美術担当として男鹿和雄さんらが参加していますが、男鹿和雄さんは高畑勲監督の最後の作品である「かぐや姫の物語」でも美しい自然を描いています。
(左:かぐや姫の物語 右:平成狸合戦ぽんぽこ)
庵野秀明監督の仮想敵は宮崎駿、宮崎駿の仮想敵は一生高畑勲
私としては、もののけ姫は高畑勲監督作品に似た雰囲気があるなあと。この感覚を庵野監督と鈴木さんが話しているわけではないのですが、お二人の対談の中で映画をつくる際に「仮想敵」はいるかという話になった際に「宮崎駿監督の仮想敵は高畑勲監督」と話すシーンがあり、印象的なので引用します。
(ちなみに庵野監督はその都度仮想敵が変わる、宮崎駿監督を意識したのは「エヴァ」と「もののけ姫」がほぼ同時期に公開されたことで仮想敵になっていたと語っています)
鈴木 宮さんにとっての仮想敵は……わかりやすいよね。高畑勲だよねえ、やっぱり。
庵野 ずうっと、そうですよ。
鈴木 そう。だっていまだに、毎日しゃべってて、誇張すれば、半分は高畑さんの話だよ。
庵野 ええ。そうだと思いますよ。ずうっと。
鈴木 高畑さんがいるから作ってる、高畑さんが作ろうとするから作る。で、おまけに、高畑さんに作ってもらいたい。それは変わってないもんね。で、この期におよんで、絵コンテ描きながらね、「こういう絵コンテ描いたら、パクさん(高畑さん)に叱られる」って(笑)。
庵野 (笑)
鈴木 なんちゅう、純粋な人なんだろうって、そこは。
庵野 何度も挑戦してますよね、高畑さんを越えようって。そのたびに思い知ってるような気がしますね。
鈴木 やっぱり宮さんはね、高畑さんっていう大きな存在に包まれている、と自分で思っているんだよね。面白いんだよ。(高畑さんのほうも、)「宮さんは宮さんの道をゆけ、おれは勝手に行く」じゃないんですよね。やっぱり、宮さんという人と一緒に作ってきたわけでしょ。で、その人が、こうやって、まあ世間から認められて、それで、今作っているものに対して、やっぱり誰よりも関心が深い。誰よりもその内容を観返して、内容を把握して、それを自分の中に整理しようとする。そうすると、気を許すわけにはいかないよねえ。で、それが自分に、ある緊張をもたらしてるのは確か。それは高畑さん、すごいですよねえ。だから、そういう人が、「誰かがいるから、おれもやる」みたいなことは、大きいですよね。押井守がそうだったね。「もし宮さんがいなかったら、宮さんみたいな映画を作りたかった」って。「同時代に宮さんがいるから、自分はこんな変な映画を作るんだ」と。自分で言ってましたけど、変な映画って(笑)。
庵野 いいですね(笑)。
(「仕事道楽 新版 スタジオジブリの現場」p76-78より)
宮崎駿監督が高畑勲監督を強烈に意識しているというのは、何冊か本を読めばわかるとおりですが、もののけ姫はそのテーマ・作画ともに高畑勲的なんじゃないかなあと思ったわけです。
そしてそれは「もののけ姫」を名作たらしめる要因でもあり、アニメーター庵野さんにしてみれば宮崎駿監督のレイアウトの良さをなくしている要因でもあったのではないかなと。
全ては憶測に過ぎませんが…最後に引用した対談の年代、鈴木さん、庵野さん、宮崎駿さん、高畑さんの年齢などを書いて、この記事を〆たいと思います。
・対談時:2009年12月4日
・鈴木さん:61歳
・庵野さん:49歳
・宮崎駿さん:68歳
・高畑さん:74歳
「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」はシリーズで*もあり、自分が好きな人との対談を読むだけでもおもしろいのでぜひ読んでみてください。僕は「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ1」で庵野監督、太田光代さん、宮崎駿監督、ジョージ・ルーカスとの対談だけ読みましたが、ジブリの中の発見だけではない、いろいろな魅力がある本なのでぜひどうぞ。
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